店主の一言

彼岸に想う

 

  私の父は72歳で入退院を繰り返して病院で最期を迎えた。私は京都へ出張中で帰路の新幹線で会社からの一報でその事を知った。携帯電話などない頃の話で車内放送で呼び出された。

私の父は二男で三人兄弟の末っ子であった。祖父が遊び人で侠客の家に寝泊まりし、よく湯河原に博徒として賭場を開帳していたらしい。

そんな環境で兄弟三人は随分と苦労をして青春を過ごしていただろうと思っている。

  伯父の精太氏は当時の死の病、肺を患い悲観のあげく、伊豆大島三原山火口に身を投じた。叔母の光子もビリヤード場で働きながら、肺を患い共に二十歳でその生涯を終えた。

光子さんの骨は代々の墓にあるが、精太氏は骨一片たりと無く、遺品の時計があるのみである。

渋谷区立穏田小学校(神宮前)を卒業し、その後成人するまでの歩みは父からも聞いていない。5㎝サイズの写真が一枚残されており、残りは小学校時代に書いた、漢詩の掛け軸が一幅とその掛け軸を賞した表彰状が一枚あるのみである。

  我家では精太氏の終焉の地に誰一人として参ったことがなく、亡父の名代として、このコロナが終わったら伯父の淋しい旅路を想い船で波浮の港へ行くつもりである。
 

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