佗助の一輪ざし

 

2019年12月29日


祖父や父は七十二歳で共に亡くなっておりますが私もその歳に近づきつつある今日この頃です。
二人とも随分と勝手な生き方をしており、息子である私は、若い時からその分苦労をさせられたものです。
親戚で若くして亡くなったのは、父の兄である精太氏で戦前に亡くなっております。十八歳で、当時死の病と言われた結核を患い……画業で生活をしておりましたが、当時といたしましては画家などというものは資産家のボンボンか遊び人の致すことで貧しい家の長男が生業としてなす物ではありませんでした。病と画業に対しての強い心を持ち合わせなかった伯父は、一人船で伊豆の大島に渡り三原山にて投身自殺をし二十歳の人生を終えました。
火口には、父あてに時計と革靴が残されていたそうです。
船で渡る大島航路の海風は彼にとってどんなに寂しい風であったかと思います。そして、椿が迎えてくれた波浮の港は死出の終着地で……三原山山頂に向かって登る薄背にはおるトレンチコ-ト姿は無念の一言につきたと思います。
木村家の墓所には、空の骨壺が一つあり、それが伯父の物であると父より伝え聞いておりました。
新しき年には伯父に会いに是非、椿咲く三原山を訪ね、子供や孫たちの事を報告し今後の無事を頼んできたいと思っております。

もう一人、父の姉である叔母も若くしてこの世を去っております。思うに、今日の当家の有ることは伯父伯母が若くしてこの世を去った痛感の出来事の先にあり……
そして、木村家の先祖の人々に思いを馳せる今年の歳の瀬であります。

それでは皆様もどうぞ佳いお歳を………

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